岩崎有樹という人
お店をするにあたって取り扱いの商品選びは重要になる。その店の方向を指し示すものの一つだから。
お店のフレームのラインナップを決める際、私が真っ先に依頼したのは岩崎さんだった。ただしそれは方向性とかを考えたわけでもなく、わかりやすく「いいものを作っている」と思っていたからだ。
.
岩崎さんとは既知の関係でもともと親交があったが、彼が小田原に帰郷、ブランドを立ち上げて独立してから、改めて彼の作ったフレームを見た。今でもそのクオリティの高さには驚かされたことを覚えている。
.
元々岩崎さんは大学卒業後一般企業に就職。その後眼鏡業界へ飛び込んだという、少し変わった経歴の方だ。その後地元小田原で独立し、そこで一人試行錯誤を続けながら眼鏡を制作している。
.
元々はフランスのヴィンテージフレームが好きだったので、独立したてのころはそれらをサンプリングしているものが多く見られた。反面ここ最近はかなり「らしさ」のあるデザインのフレームが多く見られるようになった。私個人としてはレンズシェイプに癖があるように感じている。現在では受注停止しているが、金属ヤスリで削り出したマットシリーズなどの独創的なものも多数製作するなど、デザイン以外でもいろんな試行錯誤や取り組みを続けている。
過去の眼鏡をサンプリングするという手法は眼鏡デザインではよく見られるため、私個人としては個性が出てきたのは非常に良いと思う。
反面かつてNatsumeという名前でリリースされたプレーンなクラウンパントがある。そういったプレーンなものを出すような、一周回って癖がなくなったタイミングもあったりと非常に見ていて面白い。

.
岩崎さんの特徴は様々あるが、特筆するとすれば「技術力の追求」が挙げられる。
こういった場合は「技術」そのものに関してをピックアップされることが多いかと思う。実際本当に良いフレームを綺麗に作る。
そんな中でも「技術」ではない理由は、彼は現状の技術に甘んじることなく研鑽を続けているからだ。
.
独立当初はお金がなく、切削機を買うお金もなかったので本当に糸鋸で一つ一つを削り出し、工程のほとんどをハンドメイドで制作している時代があった。少しずつ必要な機械や資材なんかを増やしていき、少しずつ製作過程での変遷が見えてくるように。
今年の春にフレームを見せていただいた際、彼は自分のフレームのことを「製品っぽくなってきた」と表現していた。昨今「手仕事」を謳うものが非常に多く、いろんな方がいろんな売り出し方でものづくりに励んでいる。そういったものはよく「クラフト感」があるといったように、手仕事感が好まれ、あえて残された「甘さ」みたいなものを味として捉える風潮があるように感じている。岩崎さんはそうしたところからは少し距離を置き、「モノ」としての質の高さ、美しいものを作る、目指して作っている。
切削を例に挙げてみる。上述のように切削機を持っていない時代は糸鋸を使用してフレームの外径を削り出していた。その方が確かに手作りの風合いは出るが、岩崎さん曰く「切断面が荒く、自分の基準で出荷できる状態にするにはかなり磨きを掛けないといけない。研磨の時間は伸びるほど生地にも負担がかかるし、できるだけ負担をかけないようにするために切削機を使った方が良い。仕上がりも綺麗になる」とのことで、品質を上げることを目的に切削機を使用している。
本来手仕事感を出した方が好まれるが、それをしないところが彼らしいなと思う。
彼も作るという作業が好きで、「”どうやったら上手くなれるのか、もっと良い眼鏡を作れるのか”を考えているときは自由でいられる」というようなことを言っている。その自由な瞬間に彼は救われているそうだ。
.
そしてそもそもなぜ技術力を探求しているのか、に立ち返ると岩崎くんには「あこがれ」があるらしい。
眼鏡を作り始めた時からずっと頭の中にあるイメージ。単純なデザインと構成だけれども、力のあるもの。
それが具体的にどんなものなのかは、岩崎さんのフレームを見ていけば自ずとわかるのだと思う。多分遠回りしたり足踏みしていても、少しずつそれに近づいているなというのは近くで見ていて感じるから。
.
私は彼が紹介してくれた画家の、井戸の話が好きで岩崎くんの話を思い出すたびに頭を掠める。
「現代には波はなく、大小の河が流れている。その河の水を使いたくないやつは、自分で井戸を掘らねばならない。俺も井戸掘りの一人だ」
岩崎さんを端的に表した言葉だと思う。

4年前 岩崎さんの工房にて